メンヘラがじぶんをメンヘラと言いたがる問題

 

いつもお世話になっております。株式会社たかだまなみ、社長のまなだむです。おかげさまでエア株式会社でお婿さん採用プロジェクトを開始してから3ヶ月が経ち、たくさんの反響を頂きながら活動を続けることができています。

なぜかライターとしてお仕事を頂くことにもなり、人生捨てる神あれば拾う紙ありと思っているところです。引き続き、生あたたかい目で見守っていただければ幸いです。

 

さて、今回はメンヘラがやたら「私メンヘラなの〜」と言いたがる問題について考えてみましょう。最近あなたの周りにも増えてませんか?「私って〜メンヘラだから〜」という人。はい、私ですけど。最近はファッションメンヘラという言葉もあるみたいですね。これはだいたいかまってちゃんのことを指します。

メンヘラという言葉は一般的にネガティブワードなのに、なぜかメンヘラの皆さんはじぶんがメンヘラだということをやたらと言いたがるんですね。メンタル健康さんには不思議に思えることだそうですが、ちゃんと理由があるんです。

 

傷が癒えるのには順序がある

私の場合、ダメ男に生活をめちゃめちゃにされた後、肝臓がおかしくなったのか肌が茶色くなり、昨日誰と会ったか、何を話したかすら覚えていないような記憶障害に陥っていました。精神的にはかなりタフだと自負していましたが、それくらいの衝撃的な出来事が重なるとさすがにへばることしかできなかった2015年、たぶん天中殺

 

そんな時、友人に「まなだむはメンヘラだよね」と言われました。「え?私ってメンヘラなの?」と雷に打たれたようでした。メンヘラ……。お世辞にも素敵だとは言い難いラベル……。しかしなぜか嫌なきもちにはなりませんでした。むしろ光が差してきて、明るい気持ちにすらなったのです。「そうか、私ってメンヘラだったんだ!なるほど!ヤッフー!」それからさらに数ヶ月を過ごし、気持ちが回復すると、心の傷が癒えるには順序があると気がつきました。

 

傷の治り方1 ラベリング

人は心にちょっとやそっとじゃない傷を負うと、わけがわかならい状態になります。なったことのある人でないとわからないかもしれませんが、秩序のない世界にいるような気分なのです。痛いのだけれど、痛いことすらわからない状態で、防衛本能すら発動しません。

交通事故に例えると、車にひかれて流血して倒れている最中です。何が起こったのかまだ把握できないんですね。その後はだんだんと傷の種類を理解し始めます。どこが切れて出血しているのか、どれくらいのダメージなのかわからないと治療ができませんよね。

メンヘラだと私たちが言いたがるのは実はこの作業なんです。私はメンヘラだと自分にラベリングしているのは、傷に包帯を巻くのと同じことです。包帯を巻いたのですから、当然どのような傷なのかは自分で理解しています。

自身をメンヘラだと言うことができる人は、止血されかさぶたができかけているんですよ。自分のことを少しは客観的に見ることもできています。本当に辛くて死にたいような気持ちの時は、先に言った流血して倒れているところなので、自分をメンヘラと言うことすらできません。

そういう理由で、私がメンヘラだと友人に言われた時、秩序がなく、ただ痛くて苦しいだけの世界から一歩抜け出せた気がして、明るい気分になれました。私、以前は自己啓発野郎だったので「言霊を大切にしよう!だからネガティブワードは使わない!」とか言っちゃうタイプで、絶対に自身をメンヘラだなんて言えませんでした。自己啓発のような精神的ドーピングを調子の悪い時にやってしまうと、ただの状況が見えていないイタい人です。苦しいときには苦しいと言う。悲しいときには悲しいと感じる。そんな当たり前なことがドーピングのしすぎで、できていなかったんですね。(ドーピングをしたくなる心理もまた説明します。これを言うと反論がきそうですが、自己啓発が止まらないあなたも立派なメンヘラです。)そう思えば進歩したなあと思います。進歩というより、ニュートラルになったと言うべきでしょうか。

傷の治り方2 わかちあう

東京で暮らす人で、居場所を求めてさまよっている人は少なくありません。会社の人は友達じゃない。隣の部屋に住む人も他人。家族は地方。バラバラで寂しいなあと思います。私は今シェアハウスで生活しているのですが、人とつながっている安らぎは他人と暮らす鬱陶しさに勝ります。そんな中、メンヘラというのもひとつの帰属先になっているのではないでしょうか。

私はメンヘラですと自己開示できれば、同じような人と気持ちをわかちあい、友達になれます。それだけでホッとできます。だからこそ、私たちはアイアム・メンヘラと言いたいんです。海外ではそうしたメンヘラ自己開示を行い合う自助会という仕組みもあるくらいです。メンヘラ同士が気持ちをシェアしている最中にメンケン(メンタル健康)がその話を聞くとギョッとしてしまうかもしれませんが、私たちは傷を癒し合っています。嫌な顔はしても良いので、どうぞ邪魔せず、そっとしておいてあげてください。そこからが傷が治る次のステップにつながって行きます。

小さい子がお母さんに傷を見せたがるのと同じなのかもしれません。よしよし、大丈夫だとと言って欲しいんです。なんだ、大人なのにバカみたいと思いますか?いえいえ、実際人間なんておおきくなっても変わらないものだと思いますよ。

私もこんな経験があった、あなたも大丈夫。単純すぎる話ですが、私もそういわれて立ち直ってきました。今私が自分をコンテンツにしているのも、何かどなたかとこの気持ちをシェアできたらと思うからです。大半の人からするとただのバカに見えます。

 

傷の治り方3 内省する

他の人と気持ちをわかちあおうとすると、自然と自分を省みることになります。傷の状態がより客観的に、原因が明確になってきます。一人きりでも内省することはできますが、他人と話すと内省の質が高まり、傷の治りは断然早いです。ここまでくると交通事故の現場での痛々しい自分の姿も正視でき、事故の状況などを分析できるようになっています。完全復活も目と鼻の先です。

 

一人でもんもんと考える時間も必要だと思います。でもそれだけだとまた病みスパイラルに突入してしまいます。なんでもまじめに、周りに迷惑をかけないでやろうとする人が病みやすい傾向にあるようです。私もまじめすぎたんですね……(遠い目)。困っている時には助け合える、本当の友人もこうしてシェアと内省を繰り返しているうちにできたりします。しかし、相談する相手は間違えないでください。私もそうですが、雑に頑張れとか、そうなったのはお前が悪いんだ(まあそうなんだけど)と正論を言われても傷口に塩です。何かお悩みで困っている方、わたくし、たかだまなみで良ければお話ききますよ。

 

メンヘラの行き先(メンヘラの皆さんへ)

とはいえ、メンヘラという包帯もいつかは取ったほうが良いですよね。でないとファッションメンヘラと言われてしまいます。傷跡を見せるのは不安ですか?包帯は思い切って取ってしまっても大丈夫。私は私です。あなたはあなたです。何も損なわれていません。メンヘラも「属性」なのですから、どこかへ飛んで行ってなくなるわけではありません。友達は友達のままです。ひとつ学び、強くなっても、さらなる未知の事故に遭い、条件さえそろえばまたメンヘラになれます。安心してください。

 

メンヘラの行き先(メンタル健康の皆さんへ)

とはいえ、メンヘラという包帯を取っても、メンヘラ属性は変わらないのです。いくら気をつけても世界から交通事故がなくならないのと同じです。私はメンケンとメンヘラの間のポジションにいますし、前よりは強くなれているという自信があっても、条件次第でまたメンヘラになってしまうのではないかという不安もあります。今はメンヘラという心の穴は塞がっています。その深い深い心の穴が開かないよう、これからも助けて頂ければと思います。

 

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